エルキュール・ポアロが生きた時代への郷愁 1
NHKBSで放送される「名探偵ポアロ」のシリーズになぜ惹かれるのだろうと考えたことがあります。「名探偵ポアロ」シリーズには単なるミステリー小説のテレビドラマには無い何かがあります。
最初に番組のオリジナルタイトルが始まります。長方形の枠の中に単純な幾何学模様が現れ、枠の下側には青い霧が揺らめいています。ポアロの顔でしょうか。これはアールデコを連想させます。
キャプチャー / ハピネット・ピクチャーズ 名探偵ポアロ 1 コックを探せ
幾何学模様の横に男の横顔が現れるとやがてポアロに扮するデビッド・スーシェの顔が画面に登場しますがその顔はばらばらの幾つもの線で解体されるかのように彩られます。これはキュビズムの絵画を連想させます。
キャプチャー / ハピネット・ピクチャーズ 名探偵ポアロ 1 コックを探せ
それが消えるとイラストの蒸気機関車が現われます。蒸気機関車は私たちが日本で見慣れたものとは違い流線型をしていいて、そのうえ全体に傾いて遠ざかる姿が描かれています。蒸気機関車と併走して大型客船とレシプロの旅客機が現れてスピードを表現します。これもアールデコのポスターを連想させます。
キャプチャー / ハピネット・ピクチャーズ 名探偵ポアロ 1 コックを探せ
やがて明るく光跡のはっきりとしたライトのイラストの下にエルキュール・ポアロの後姿が現われて明かりの下に入って行きます。明かりの下にあらわれるロゴもアールデコを強く意識しています。
キャプチャー / ハピネット・ピクチャーズ 名探偵ポアロ 1 コックを探せ
キュビズムやアールデコはいずれも第一次世界大戦前後から第二次世界大戦までの時代を象徴する芸術表現です。この時代はさまざまな新しい技術が実用化されつつありました。そうした日常化しつつあった新しい技術が芸術に影響をあたえて芸術やデザインの新様式を生み出しました。物語の中では新しい時代の象徴として自動車や鉄道車両、建築の新様式としてアールデコやキュビズムの邸宅、インターナショナルスタイルの建築が登場します。
キャプチャー / ハピネット・ピクチャーズ 名探偵ポアロ 23 アクロイド殺人事件
新しい技術が新しい時代の幕開けを告げ、新しい時代への憧れが新しい芸術やデザイン様式を生むそんな希望に満ちた時代のはずでしたがその一方で第一次世界大戦の傷跡が人々の心の中にも深い爪痕を残していました。第一次世界大戦の犠牲者は軍人、民間人あわせて一千万人以上といわれています。大戦後の平和とは別に退廃的な風潮があったことも事実のようです。そのためか新しい技術がもたらす未来やスピードへの憧れから生まれた様々なデザインや芸術にも、どこかそうした時代の退廃的な雰囲気がつきまといます。明るく憧れに満ちているはずの新様式や芸術に暗さが付き纏うのです。この暗さがミステリーの舞台にはとても相応しいと思いませんか。こうした時代の雰囲気を「名探偵ポアロ」シリーズのタイトルは伝えようとしているように思えます。様々な新しい技術が世に出てくる時代の希望や明るさと、第一次世界大戦後の暗く退廃的な風潮とが混ざりあった不思議な時代の雰囲気を物語の舞台や小道具として登場してくる様々な当時のデザインや建築によって表現しようとしています。ミステリーの舞台としてのこうした建物や小道具のデザインの出典、引用といったものを見つけ出す楽しみがこの「名探偵ポアロ」シリーズにはあります。